大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(タ)440号 判決 1988年6月20日

原告

甲田一郎

右訴訟代理人弁護士

布留川輝夫

被告

甲田ハナコ

右訴訟代理人弁護士

水石捷也

秋元善行

主文

一  原告と被告とを離婚する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文一項同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三三年五月七日被告と婚姻し、被告との間に、昭和三四年六月二日長男秋之を、昭和三九年四月三日二男冬之をそれぞれもうけた。

2(一)  原告は、被告と婚姻するに際し、被告との間で、婚姻後は被告の父である乙山兵衛の営む乙山商店を手伝う旨約束していたため、これを守り右の商売に精励していたところ、右の商売が順調に発展していた昭和三六年ころ、被告の親族から原告が乙山商店を乗っ取るのではないかと言われ、乙山家から追い出された。そのため、原告と被告との夫婦関係の円満さにも陰りが生じた。

(二)  その後、原告は、独立して被告とともに商売を始めたが、それに必要な資金の貸与方を原告の両親に依頼したところ、原告の両親からこれを断られたことがあった。その際、原告は、被告から原告の両親は冷たいと言われたため、原告と被告との夫婦関係はますます気まずいものとなった。

(三)  原告と被告との間において、商売上の意見が対立することが多く、口論が絶えなかった。そのため、ますます夫婦の溝が拡がった。

(四)  原告は、昭和四四年ころ、被告に対して原告の商売から手を引くよう求めて被告と話し合った結果、被告は、原告が被告に生活費として月金四〇万円以上を渡すことで原告の商売から手を引くことに同意し、以後専業主婦となった。

(五)  原告は昭和四七年ころ、世田谷区代沢<住所省略>所在の建物を建て替えようと考え、その資料を集めていたところ、被告から相談なしに建てる家には住めないといってこれに反対されたことが契機となって、被告と離婚しようと決意するに至った。

(六)  原告は、昭和五四年に被告に対して別居の申し入れをし、被告と同居していた家を出て被告と別居して現在に至っている。その間、原告は、昭和五九年に、被告に対して離婚の申し入れをしたが、被告から、二男の就職が決まるまでは離婚はできないといって断られた。

(七)  以上の次第で、原告と被告との婚姻関係は完全に破綻している。

3  よって、原告は、民法七七〇条一項五号に基づき、被告との離婚を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  2(一)のうち、被告の父である乙山兵衛が乙山商店を経営していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同2(二)のうち、原告がその両親に独立して始めた商売のために必要な資金の貸与方を依頼し、これを断られたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同2(三)のうち、原告と被告との間で口論が絶えなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同2(四)のうち、原告と被告とが被告が商売から手を引くことにつき話し合ったこと、その後被告が商売から手を引いて専業主婦になったことは認めるが、その余の事実は否認する。

6  同2(五)の事実は否認する。

7  同2(六)のうち、原告が、被告と同居していた家を出て(ただし、その時期は昭和五六年七月ころである。)、現在まで被告と別居していること、原告が、昭和五九年に被告に対して離婚の申し入れをしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

8  同2(七)は争う。

三  抗弁

1  原告は、昭和五六年ころ、丙野春子と半同棲生活を始めて、家には週に二、三日しか帰らなくなり、ついには昭和五六年七月ころ家を出て丙野春子と同棲生活を始めるに至った。

2   その後、原告と丙野春子との関係は終わった模様ではあるが、原告がその住所を明らかにしていないことからすると、原告は、現在は別の女性と同棲しているものと思われる。

3  以上のとおり、原告は有責配偶者であり、原告の離婚請求は信義誠実の原則に反して許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。

3  同3は争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因について

<証拠>に弁論の全趣旨を総合すると、次の1ないし9の事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  請求原因1の事実

2  原告は、乙山商店という商号でロープとシートの製造・販売等を業としていた乙山兵衛の長女である被告と婚姻するに際し、乙山商店の仕事を手伝う旨約束していたため、被告と婚姻した後は乙山商店の仕事を手伝った。しかし、原告は、昭和三六年ころ、被告の父や弟妹から原告が乙山商店を乗っ取るつもりであると疑われたため、乙山商店の仕事から手を引き(原告と被告は、乙山商店の仕事から手を引くに際して、被告の父から金一二〇万円をもらった。)、被告とともに独立して乙山商店と同種の商売を始めた。そのころ、原告は、両親にも商売に必要な資金を貸してくれるよう依頼したが、両親からこれを断られた。

3  被告は、原告が独立して商売を始めてから原告の仕事を手伝っていたが、商売のやり方について意見が異なることが多く、原告との間で口論が絶えなかった。そのため、原告は、被告に対して、商売から手を引いて専業主婦になることを望み、被告は、これに応じて昭和四四年ころ原告の商売から手を引いた。その際、原告は、被告に対して、今後生活費として月金四〇万円を渡す旨約束し、その後この約束を実行してきた(なお、この金額はその後金五〇万円となり、更に昭和五二年ころから昭和六一年二月ころまでは金六〇万円となり、その後は金三五万円となった。しかし、原告は、昭和六一年一月から、被告に対して生活費を渡さなくなって現在に至っている。)。

4  原告は、昭和四七年ころ、世田谷区代沢<住所省略>所在の建物の建て替えを被告に相談することなく一人で計画していたところ、これを知った被告から反対されたため、これを断念した。

5  原告は、昭和五六年夏ころ、被告に対して、突然「一人になって暫く考えたい、疲れた。」と言って被告と同居していた家を出て、被告と別居するようになった。原告は、別居して最初の二、三か月は週に二日位は被告のもとに帰ってきていたが、その後は全く被告の住む家には立ち寄らなくなり、その状態が現在まで続いている。

6  原告は、被告と別居する前から丙野春子と肉体関係があり、被告と別居して暫くの間は、丙野春子と同棲していた。

7  原告は、被告と別居して以来、被告や子供たちにその住所を明らかにしておらず、原告への連絡は原告の仕事上の事務所にさせている。

8  原告は、昭和五九年ころ、弁護士を通じて、被告に対し、離婚したい旨の申し入れをしたが、被告からこれを断られた。その後、原告は、昭和六二年に、東京家庭裁判所に被告を相手方として夫婦関係調整の調停の申立てをし、そこで離婚を希望したが、この調停も不成立に終わった。

9  原告には、被告との夫婦共同生活を再び営むつもりは全くない。

右認定事実によると、原告と被告間の婚姻関係は、昭和三三年以来三〇年を超えているが、原告と被告との間には、昭和五六年ころ以降現在に至るまで約七年近く、単に原告が被告に生活費を送る(昭和六一年一二月まで)という関係だけが続き、実質的な夫婦共同生活が営まれておらず、しかも今後これが営まれるようになる見込みは全くないのであるから、原告と被告間の婚姻関係はもはや破綻して回復の見込みがないといわざるを得ない。したがって、原告と被告間には婚姻を継続し難い重大な事由があると認められる。

二抗弁について

右一において検討したとおり、原告と被告との婚姻関係は現在では破綻して回復の見込みはないといわざるを得ない状態にあるが、右一において認定した事実によると、その原因は、原告が、被告に対する守操義務及び同居義務に違反して、昭和五六年ころから丙野春子と肉体関係をもち、被告と別居して丙野春子と同棲するようになり、間もなく丙野春子とは別れたものの、その後も被告にはその居所さえ知らせないできたことにあると認められる(なお、原告が現在他の女性と同棲中であることは本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。)。しかも、原告が右のような行動に出るのも止むを得なかったとするほどの事情は、右一において認定した事実関係の下においても窺えないばかりか、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。したがって、原告は、婚姻関係の破綻についての有責配偶者であるというべきである。

しかしながら、右一で認定した事実によると、原告と被告とは既に七年近くの長期間にわたって別居し、その間実質的な夫婦共同生活を営んでおらず、しかも原告と被告間の二人の子供はいずれも成人しているところ、被告が、離婚することより、精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するような特段の事情は、本件全証拠によっても認めることができないので、結局、原告が有責配偶者であるからといって、原告の離婚請求を排斥することはできない。

したがって、被告の抗弁は失当である。

三結論

以上の次第で、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官谷口幸博)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例